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東京高等裁判所 昭和27年(ツ)15号 判決 1954年10月29日

上告人 控訴人・被告 山口寛

訴訟代理人 小原一雄

被上告人 被控訴人・原告 二見長昌

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は、上告人の負担とする。

理由

本件上告の理由は、別紙上告理由書記載のとおりであつて、これについて、當裁判所は、次のように判斷する。

第一点農地調整法(昭和十三年法律第六十七号)は、昭和二十年法律第六十四号によりいわゆる第一次改正が、次いで昭和二十一年法律第四十二号によりいわゆる第二次改正が行われ、第一次改正法は昭和二十一年二月一日(但し本件で関係のない一部の規定は、同年四月一日)から、第二次改正法は昭和二十一年十一月二十二日から、それぞれ施行せられたところ、農地の賃貸借の解約等の制限に関し、第二次改正法は、「第九条第一項及び第三項中『解約』の上に『解除若ハ』を、同項の次に左の一項を加える。前項ノ承認ヲ受ケズシテ為シタル行為ハ其ノ効力ヲ生ゼズ」と規定し、かつ附則第三項において、「この法律施行後勅令で定める時期までは、第九条第三項の規定中『市町村農地委員会ノ承認』とあるのは、『地方長官ノ許可』と、同条第四項の改正規定中『承認』とあるのは『許可』と読み替へるものとする。」と規定している。

従つて右第二次改正法の施行後である昭和二十一年十一月二十二日以後において、同法第九条第三項に規定する賃貸借の解約の申入をするには、地方長官の許可を受けなければならないこともちろんであるが、右第二次改正法施行以前に、従来の規定に従い、市町村農地委員会の承認を受けてなした解約申入の効力は、右第二次改正法の施行により、何等の影響を受けることなく、所定の期間の経過により、その効力を生ずるものと解するを相当とする。けだし、法律は、その施行以前に遡つて適用せられないことを原則とし、改正法に特にこのことについての規定の存しない限り、行為当時の法規により適法になされた法律行為の効果が、その後改正法の施行により、遡つてその効力を失うものとは解せられないところ、前記第二次改正法は、その附則第二項において、その施行前従前の第六条第三号の規定により、従前の第五条の規定による認可を受けないでした農地に関する契約のあるものについて、第四条の改正規定を適用することを規定しているにかかわらず、施行前の第九条第三項の規定による市町村農地委員会の承認を受けてなした解約の申入等について何等の規定をもしていないからである。上告人は、同法第二十条の「第八条及第九条ノ規定ハ本法施行ノ際現ニ存スル農地ノ賃貸借ニモ亦之ヲ適用ス(下略)」の規定は、右第二次改正法の規定について遡及効を認めたものであるから、右改正法施行当時存在していた賃貸借については、改めて地方長官の許可を得なければならないと主張するが、右第二十条は、昭和十三年法律第六十七号の附則であつて、第八条及び第九条の規定が昭和十三年八月一日右法律第六十七号施行の際現に存する農地の賃貸借にも亦適用される旨を規定せるに止まり、同条によつて、第二次改正法の施行により、前に掲げた附則第二項所定の場合を除き、従前適法になされた法律行為の効果を遡つて失わしめる趣旨を規定したものではない。してみれば被上告人が第二次改正法の施行前である昭和二十一年六月十三日に大和町農地委員会の承認を受け、同年六月十五日民法第六百十七条に基いてなした解約申入の効果は、その後第二次改正法の施行により、その効力を失わないことを前提として、その効果を判断した原判決は相当であつて、これと反対の見解に立つて原判決を非難する所論はこれを採用することができない。

第二点昭和二十一年六月十三日当時施行されていた、昭和二十年法律第六十四号、いわゆる第一次改正法による農地調整法第十五条の二及び第十五条の十一は、市町村農地委員会の構成及び会議について、それぞれ上告人所論のように規定しているが、右改正法は、その附則第四条において、「従前ノ規定ニ依ル市町村農地委員会又ハ都道府県農地委員会ハ本法ニ依ル市町村農地委員会又ハ都道府県農地委員会ノ成立ニ至ル迄存続スルモノトシ本法ニ依リ市町村農地委員会又ハ都道府県農地委員会ノ権限ニ属セシメラレタル事項ヲ処理ス。前項ニ規定スルモノヲ除クノ外、第十五条乃至第十五条ノ十八ノ改正規定施行ノ際市町村農地委員会又ハ都道府県農地委員会ニ関シ必要ナル事項ハ勅令ヲ以テ之ヲ定ム」と規定し、しかも右昭和二十一年六月十三日当時、右改正法による市町村農地委員会が成立するに至らなかつたことは、原判決の適法に認定するところである。してみれば、右附則第四条により、従前の規定による大和町農地委員会が、従来の構成により、会議を開き、同法第九条による承認をなすべきかどうかを議決したのは適法であつて、上告人がこれと異る見地に立ち、改正法による委員会の構成を前提とする所論(1) は採用の限りでない。

また所論甲第一号証は、大和町農地委員会長山口正雄が、被上告人に対してなした承認の指令であつて、承認の議決そのものではない。適法に構成せられた委員会において、承認の議決が有効になされたことは、原判決の認定するところであり、すでに議決にして有効に成立せる以上、これが外部に対する通知である指令は、会議に出席せると否とを問わず、議事録に基き、会を代表する会長においてこれをなすは常則であつて、敢て異とすべきではない。(当時の農地調整法施行令第三十条参照)所論(2) も採用することができない。

第三点原判決は適法な証拠に基き、本件畑の賃貸借の当事者は、被上告人と上告人とであつて、訴外山口麟を含まないものと認定しており、判決に掲げてある証拠によれば、右の事実を認め得られないことはない。して見れば論旨は、つまるところ、原審が適法になした事実認定を非難し、かつ原判決の認定しない事実を前提としてなされているもので、適法な上告の理由とはならない。

第四点耕作物のある田畑の賃貸借について、民法第六百十七条による解約の申入がなされた場合、右解約申入の趣旨が、現に耕作中の農作物の収穫を終つた時から起算して、一年の期間経過後に賃貸借を終了せしめるものであるときは、たとい収穫の終る前になされたとしても、右解約の意思表示は有効と解するを相当とする。けだし、「収穫季節アル土地ノ賃貸借ニ付テハ其ノ季節後次ノ耕作ニ着手スル前ニ解約ノ申入ヲ為スコトヲ要ス」と規定した民法第六百十七条第二項の趣旨は、既に植付けた農作物の未だ熟さないうちに、賃貸借が終了し、土地の利用を完全にすることができないことを避けようとするにあるものと解すべきであるから、たとい現に耕作中の農作物の収穫前になされた解約の申入でも、その収穫を終つた時から起算すべき趣旨ならば、右に述べた法の趣旨に反することなく、これがため当事者の何人に対しても不測の不利益を被らしめることはないし、また田畑に、二種以上の農作物が順を追つて耕作せられているような場合、このようにするのでなければ、ついに解約の申入の規定の適用を見ることはできないからである。そして特に反対の事情の認められない限り、解約の申入をなしたものの意思は、前記趣旨にあるものと解するを相当とするから、原審が、所論のように判示したのは相当で、論旨は採用することができない。

第五点原審は適法な証拠に基き、「解約当時から判決当時に至るまでの間において、その間多少の変動もあるが、被上告人が保有した耕作面積は、田三反五畝、畑九反五畝で、その家族は九名あり、うち四名が耕作能力を有し、殊に今次戦争前においては、耕作能力ある人数に幾分の差違はあつたが、約三町七反の耕作を行つていたこともあり、昭和二十三年度においては、何分の超過供出をなしていること。被上告人は、農家として一家の生計をたてており、しかも今後純農として立ち行かんがために本件畑の返還を求めており、本件耕作地を加えるも多きに過ぎるものではないこと。一方上告人及びその父麟の保有する耕作面積は、本件の畑三反五畝を含め、田一反九畝、畑少くとも五反三畝(昭和二十四年前半までは四反一畝)を有し、その家族は十名であるが、そのうち耕作に当り得るものは、上告人の父(当六十七年)、その妻(当六十六年)、上告人の妻(当三十九年)及び上告人の弟(当二十三年)の四名であつて、上告人及びその妹は、いずれも学校の教員で、上告人一家はいわゆる給料生活を主軸としている。殊に右上告人の父等による耕作の収穫は、既に自家の用に充つるに不足な程度でその不足分は配給を受けて充しており、また昭和二十三年度における米の供出量は、一斗程度であつたこと。」を認定している。そして以上各当事者の耕作能力、農地生産増大の見込、解約による上告人の生活の維持の能否等について考量すれば、被上告人は、農地調整法第九条第一項但書にいわゆる正当の理由あるものと解するを相当とすべく、これと同旨に出でた原判決は相当であつて、論旨は、一部原判決の認定しない事実を論拠とし、かつ反対の見地に立つて、原判決を論難するもので、採用することができない。

以上の理由により、論旨はいずれも、その理由がないから、本件上告は理由がないと認め、民事訴訟法第四百一条、第八十九条、第九十五条を適用して、主文のとおり判決した。

(裁判長判事 小堀保 判事 原増司 判事 高井常太郎)

上告理由

第一点農地調整法(昭和十三年四月二日法律第六七号)は昭和二十年十二月二十九日法律第六四号を以て第一次改正、昭和二十一年十月二十一日法律第四二号を以て第二次改正が行はれ同法は同年十一月二十一日から施行される事となつた。そして右改正法第二十条は小作権保護の経過規定として「第八条、第九条の規定は本法施行の際現に存する農地の賃貸借にも之を適用す」と特に法の遡及効を認め小作権の強化を図つた而して被上告人は本件係争地の明渡に付き昭和二十一年六月十三日大和町農地委員会の承認を得て同年六月十五日民法第六一七条に基き解約の申入をしたから昭和二十二年六月十六日限り解約となつた、依つて之れを明渡せとの事である。

果して然らば本件農地の賃貸借に関する解約効果は右昭和二十二年六月十六日発生する事となるので前記第二次改正法が施行された昭和二十一年十一月二十一日現在に於ては同法第二十条の所謂「現在に存する農地の賃貸借」である事は何人も疑う余地のない処であり、従つて本件解約申入れに付ても改めて右改正法第九条第一項、第五項の要件と同法附則第三項の規定に依り昭和二十二年十月三十一日迄は地方長官の許可を受くることを要する事既に東京高等裁判所昭和二十三年(ネ)第二一〇号昭和二十三年十一月十六日第四民事部判決に依り、「昭和二十一年法律第四十二号農地調整法の一部を改正する法律の施行前に、農地の賃貸借に付いて為された解約の申入が同法施行の当時なお法定の期間未経過の為めに効力を生ずるに至つて居ない場合は、右解約が効力を生ずるには勅令の定める時までは地方長官の許可を必要とする」と判示せられた事に依り明かな処である。

然るに本件の場合は右各要件を具備して居ない事は乙第五号証の不認可証明に依つても明確であるから前記改正法第九条第四項に依り其解約は当然無効である。殊に本条を以て遡及効を認めた立法趣旨が同法第八、九条が小作権強化を図る本法中最重要の規定であり農地改革の完成迄二ケ年間は土地取上を原則として禁止し全く事情止むを得ないもの丈けを許す事にしたので、これを地方長官の許可として土地取上を強力総括的に押える事にした事と此重要な決定権が今迄農地委員会に委ねられて居たが其委員会が地主側の反動的勢力に押されて、土地取上を認めるおそれが多分にあり、そうなつては困ると云う心配から制定されたものであることを思えば釈然とする次第である(我妻、加藤著農地法の解説二六四頁三一頁)(橋川渡改革農地法制精義五六頁)(時事通信社編新農地制度解説一二九頁)

然るに原審判決は「控訴代理人指摘の第二次改正農地調整法第二十条は、もともと昭和十三年四月二日公布法律第六十七号農地調整法(即ち第一次改正前の原規定にして同年八月一日施行のもの)の附則であつて、同条に所謂「現に存する」とは、その施行当時の謂であり、従つて同法条と第二次改正農地調整法の附則第三項とを合してもつて、本件の場合に農地委員会の承認の外更に地方長官の許可を受くべきものとなすの失当なるは極めて明かである」として上告人の前記主張を排斥した。

然れ共吾人は未だ曾つて斯る乱暴な法令の解釈に接した事がない、即ち第二次改正農地調整法第二十条の「本法施行の際現に存する農地の賃貸借」とあるを原審の解する如く「昭和十三年四月二日公布法律第六十七号農地調整法(施行は昭和十三年八月一日)の際現に存する農地の賃貸借」とするならば本条の存在価値は根本から失われ殊に其但書は全然無意味に帰するものである。然し斯る解釈の取るべからざる事は言を俟たない処であつて同条の「本法施行の際現に存する農地の賃貸借」とあるは前記上告人主張の如く第二次改正農地調整法施行の際即ち昭和二十一年十一月二十一日を指すものである事一点の疑を挾む余地がない。

第二点次に被上告人は昭和二十一年六月十三日大和農地委員会の承認を得たと主張し甲第一号証(承認書)を提出して居るが斯る承認は法律上無効であり右甲第一号証は虚偽承認書である此れこそ正に地主的反動勢力の所産であり第二次農地法改革を必要とするに至つた直接の有力な理由である。其訳は次の通りである。

(1)  即ち当時の農地委員会は地主、自作、小作各層から選任された者五名と地方長官の選任した者三名を以て之れに充てる事になつて居る(第一次農地調整法改正法律第十五条の二)そして其運営は委員の過半数が出席し(同十五条ノ一一第一項)且つ地主、自作、小作の三区の何れに付ても少くとも一人の委員が出席しなければ会議を開くことが出来ない(施行令三一条)議事は出席委員の過半数で決し可否同数の時は会長の決する処に依るとある(同法第十五条ノ一一第二項)而して本件被上告人主張の委員会は証人八木保隆が証言して居るように出席農地委員小林利平外五名に農業会長及小作官二名である。果して然らば出席委員は全農地委員の過半数に達しないから委員会が不成立であり、加之農業会長や小作官は議決権がないから承認決議がある訳がない(施行令三八条)

(2)  而も甲第一号証(承認書)に署名捺印して居る大和町農地委員会長山口正雄は証人八木保隆が証言して居る如く本件農地委員会に全然出席して居ない、而も若し会長に事故あるときは委員の互選した者が其職務を代理すべきであるに(施行令三〇条)其手続きをも為さず、全然顔も出さない山口正雄が会長として署名捺印するのは明かに違法であり虚偽の承認書である(我妻栄新法令の研究(1) 一一九頁)

然るに原審判決は「該委員会の選挙は当時の諸情勢の為め実施を延期せられ、結局第二次改正農地調整法の選挙が実施せられる迄行はれず、それ迄は第一次改正前の農地調整法に基く従来の農地委員会が第一次農地調整法附則第四条に依つて「従前の規定に依る市町村農地委員会」として同法により「市町村農地委員会・・・・・・の権限に属せしめられたる事項を処理」していた事が明かである。とし結局昭和十三年法律第六十七号農地調整法第十五条、同法施行令(昭和十三年勅令第五百二十六号)第九条に依り構成された農地委員会に依る本件賃貸借解約契約承認を適法なりと判示した。然しこれは明らかに法規の解釈を誤りたる独断である。即ち農地委員会の構成を定めた農地調整法第十五条の二は昭和二十一年十月二十一日法律第四二号の第二次改正を以て全面的に改められ該法律は昭和二十一年勅令第五五五号に依り同年十一月二十二日施行せられた然るに該法律には昭和二十年法律第六四号の第一次改正の場合の如く農地委員会の経過規定を全然定めて居ない。其趣旨は地主の傀儡化して居る従来の農地委員会の存在が有害無益であつたので斯る委員会の存続を許すよりは速やかに新法の趣旨に添う委員会を構成し新鮮にして溌剌たる運営の下に封建的ボス的存在を一掃し民主的明朗な農村社会の再建を期したからである。要之原審は何等の法的根拠がなくして旧農地委員会の承認を適法と独断するもので其理由がない事明かである。次ぎに原審は「尤も右証人の証言により真正に成立したものと認める甲第一号証によれば、右承認書が当日会議に出席しなかつた同委員会会長山口正雄名義で出されて居ることを認めうるが、右は適法に成立した委員会の承認を同会長が其資格において宣言したものと認めるに難くないのでこの点においても何等瑕疵ありということが出来ない」

と判示せるも農民に取つては先祖代々より耕作して居る農地を取り上げられることは耕作権の侵害と云うよりは之れに依存する農家一族の生活権の剥奪であり、生死に直面する辛酷な問題である。故に農地委員会に於ても当事者の凡ゆる状態を慎重に調査審議して公平、妥当な処置を取るべき重大な責務がある、即ち農地の取上げを承認するか否かを決することは裁判所にて判決書を作成言渡すと同様である。然るに本件委員会の土地取上承認書は何等右審理に関与しない従つて真実農地委員会が承認したか否かも全然知らない山口正雄が伝聞其他を根拠に承認書に署名捺印したものであつて明かに違法不当であること疑う余地がない。

第三点本件は第一審以来上告人山口寛一人のみを相手として提訴審理判決され又控訴も右山口寛に依つて為されて居るのであるが元来本件小作契約は甲第四号証「契約証」に依り明かである通り被上告人二見長昌、上告人山口寛、訴外山口麟間に締結され即ち右山口寛も小作人の一人であることは(1) 、甲第四号証(誓約書)中「本条項に於て甲とあるは二見長昌を、乙とあるは山口麟及山口寛を指すものとし将来の小作関係は山口寛に於て其義務を果すべきものとす」とある。(2) 、同書調停条項第六項中「本件土地を期限の定めなく公正小作料を以て乙に小作せしむること」との趣旨の記載と右誓約証の胃頭及末尾の前記三名の署名捺印を綜合することに依つて全く明瞭である。依つて本件土地の賃貸借契約は被上告人と上告人並に山口麟との間に締結されたものであるから上告人に対してだけなされた本件解約申入は無効である。

然るに原審は「証人松島淳の証言によれば右法外調停成立以前から云々以上彼此綜合考察すれば本件畑の賃貸借の当事者は控訴人と被控訴人とであつて右麟を含まないものと解すべきであること極めて明かであり従つて控訴人に対して為された本件解約の申入は正当なりと云うべく、なお更に所謂契約解除権の不可分性に関する民法第五百四十四条の規定にして、解約申入に適用なしと解すべきものなるに於ては、控訴代理人の主張の採るべからざるこというまでもない」として上告人の前記主張を排斥した。

然し訴外山口麟が本件土地の過去は勿論将来に於ける真実の耕作者即ち賃借人であることは上告人が小学校教員であることからしても被上告人も契約当初より十二分に知悉して居る処で、それだから前記甲第四号証(誓約書)中にも訴外山口寛を当事者として加へざるを得なかつた理由である、寧ろ被上告人が地主としての我儘から再契約を機に形式上上告人を当事者の一人に附随的に加入させ自己の体面を保つたに過ぎないのが実情である。故に訴外山口麟を除外する本件賃貸借解約の申入は民法第五四四条に反し無効である。尚賃貸借契約解約の申入の場合に於ても民法第五四四条の適用あることは解約か解除の一場合であり、同条が何等の区別を設けないこと解除権の不可分性から云つても必らずしも別異に取扱うべき理由なきこと及左記判例に依り明かである。「共有漁業権の賃貸借契約ノ解除ハ・・・・・・同法第五四四条第一項ニ則リ共有者全員ヨリ又ハ全員ニ対シテノミ之ヲ為スヘキコト極メテ明瞭ナルヲ以テ賃貸人タル共有者ノ全員ヨリ為サルル賃貸借契約ノ解除ハ不適法ナリトス」(横浜地方裁判所大正十一年(ワ)第三一号同年三月十三日民一一部木村裁判長岩松、斎藤各判事判決)

第四点本件被上告人の解約通知書は昭和二十一年六月十五日に為されたもので此時期には既に上告人は本件各畑地に耕作物の植付を完了して居たので右申込は民法第六一七条第二項に反する無効のものである(我妻栄民法教財V債権各論二七二頁)即ち上告人は本件係争の大和町上草柳字文ケ岡七二一番畑には昭和二十一年五月上旬甘蔗を、同所字緑野一六六番畑には五月中旬陸稲を、同所字文ケ岡七〇一番畑には四月下旬里芋を、同所七〇四番畑には五月上旬甘蔗を夫々植付け済みであつて被上告人の前記解約通知は収穫季節を遥かに経過した無効のものである。

然るに原審は「右のような規定をした所以のものは、同条第一項第一号の猶予期間内は賃借人をして完全に使用収益せしめようとするが為であるから、たとえ同条第二項の規定を遵守せずしてなされた解約申入も、これを無効と解すべきでなく収穫季節を終つた時より起算し一年の経過後に賃貸借が終了するものと解するを相当とする」として上告人の主張を排斥した。

然れども民法第六一七条第二項には「次の耕作に着手する前に解約の申入を為すことを要す」とあり被上告人の前記解約申入は明らかに該規定に違反するもので無効である。殊に該規定は小作人保護の規定であるから終戦後の社会の現状に照し厳格に解すべきものであつて前判示の如き便宜主張は極力排斥すべきである。

第五点次ぎに被上告人が本件賃貸借契約申入を為すに付き果して農地調整法第九条第一項の正当な事由ありや否やの点に関し先ず当事者双方の耕作面積を比較すれば左の通りである。被上告人の耕作面積(乙第三号証)水田三反九畝畑九反五畝六歩畑一町六反二十九歩(昭和二十一年八月二十八日附にて被上告人より同居人二見保名義と為す)上告人の耕作面積水田一反五畝畑五反三畝(本件係争地畑地三反五畝を含む)即ち右表を一見し虚心、平静に判断するとき何故に上告人の右僅少な畑の内より更に三反五畝を取上げ一反七畝に減じなければならぬか此点に関する原審判断も甚だ了解に苦しむ処である。家族数から云つても上告人家は十人、被上告人家は九人で寧ろ上告人家が多数の糧食と田、畑を要する訳である。地主なるが故に小作人より、より多くの糧食と田、畑を保有せねばならぬ理由は毫末もない。然るに被上告人である地主は原審判決の如くせば水田三反九畝、畑一町三反六歩、其息保名義、一町六反二十九歩となり田に於て上告人の二・六倍、畑に於て約八倍、息保名義の土地を合すれば約十八倍となり而も耕作能力者は双方共四名上告人方に於て多少老令者ありと雖も何れも壮者を抜く気力あり、寧ろ戦後派の若者に勝るとも決して劣るものではない。而も上告人家も純農家であり上告人が教員を為すは寧ろ従たるものであつて耕作すべき田、畑無き為め無巳幾分にても他より収入を得て其生活の補充を為して居るに過ぎず、決して小学校教員のいささかの俸給にて一家十人の糊口を維持して居るものではない、否斯る事を強いるのは不可能であり、餓死の外はないのである。次ぎに原審は「控訴人より被控訴人に耕作せしむるをもつて、むしろ当該農地の生産を増大せしめ得る見込大なりと判すべく」と云うも該土地に対する上告人の生産は決して毎年被上告人の他の土地に対する生産に劣つて居ない、寧ろ被上告人より耕作面積が遥かに僅少なる為め十二分に手が行き届き道行く人のうらやむ程毎年の収益を上げて居るものである。更に原審は「控訴人一家の生計にして前示の如く給料生活に拠れるものと認むる以上、また本件農地を失うことによつて控訴人等の生活を窮地に陥れ、その生活の維持を困難ならしむるに至るとは先ず考えられない。尤も同地喪失の当座における多少の困難は之れを認め得るも、残余の農地の合理的経営と控訴人等の働きと相まつならば、その困難を打開し得るものというに難くない」と云え其右は何れも机上の空論である。上記の如く小学校教員の一万円足らずの給料で一家十人の生命を維持し得て、窮地に陥らずなどと云う議論は近時経済生活の現実を無視するものであり、又本件土地を取上げらるる事は上告人に取つて多少の困難は之れを認め得ると判示するも事態はそんな悠長な問題ではない即ち上告人家に於て該土地を取上げらるることは明らかに生活権を奪はれるに等しい生か死かの問題である。残余の畑地一反七畝に付き如何に上告人が判示に従い合理的に経営し、身を粉にして働き続けたとしても何程の増産を望み得るか、原審が上告人に斯る不能を強いて迄も被上告人に十九倍もの畑地を保持せしめざるを得ざる根拠が何処にあるか、被上告人は本件田、畑の外宅地六三七坪、山林百三十三筆此反別十二町八反九畝十二歩を有する大和町上草柳百数十戸の部落に君臨する随一の所謂毫農であつて、殊に右山林に成育する松、杉の近時の値上りに依り其資産は少くとも七、八千万円を下らずと云う、水呑百姓の命と頼む畑地を斯る金と物に埋もるる被上告人に法の力を以て加えねばならぬ必要が何処にあるであろうか、それは単に従来の封建的思想の残滓である地主の小作人に対する優越と我儘を通す以外何等の意味を有するものでない。然し吾国に於ける数次の農地改革が斯る反動勢力に押され土地取上げを認むる事を恐れ、之れを根本から払拭せんが為め制定されたことを思えば本件の如き事案こそ敢然と法の尊厳を顕示せらるべき好個の事例であると確信するものである要之原審判決は農地調整法第九条第一項の賃貸人の土地取上げを為し得る「正当の事由」の解釈適用を誤りたる違法あり到底破棄を免れざるものである。

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